大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

最高裁判所第三小法廷 昭和58年(あ)640号 決定

主文

本件上告を棄却する。

理由

被告人本人の上告趣意は、事実誤認の主張であつて、刑訴法四〇五条の上告理由にあたらない。

なお、上告趣意書は、刑訴規則六〇条等の関係法令によれば、作成名義人の署名押印のある原本をもつて提出すべきものと解されるところ、本件上告趣意書(標題は「訟訴趣意書」)は、電子複写機によつて複写されたコピーであつて、作成名義人の署名押印がなく、刑訴規則六〇条の規定に違背するものといわなければならないが、上告趣意のほか、作成名義人たる被告人のものと認められる署名押印も複写されており、これを封入した郵便の封筒には被告人によるものと認められる氏名の記載があり、被告人以外の権限のない者がほしいままに作成し提出したなどの特段の事情はうかがわれず、被告人の意思に基づいて作成され提出されたものと認められるから、有効な上告趣意書として判断の対象とするのが相当である。

よつて、刑訴法四一四条、三八六条一項三号により、主文のとおり決定する。

この決定は、裁判官木戸口久治の補足意見があるほか、裁判官全員一致の意見によるものである。

裁判官木戸口久治の補足意見は、次のとおりである。

私は、本件上告趣意書については有効なものとして判断の対象とするのが相当であるとする法廷意見に賛同するものであるが、右上告趣意書が電子複写機によつて複写されたコピーである点にかんがみ、若干の意見を補足しておきたい。

刑訴法が上告趣意書(控訴趣意書についても同様である。)の提出につき書面方式をとり要式行為としているのは(刑訴法四〇七条、四一四条、三七六条等参照)、手続を厳格かつ確実にし、右訴訟行為の明確性及びその内容の正確性を期するためであると解される。また、上告趣意書については、書面の方式に関する刑訴規則五八条ないし六一条の適用があり、被告人又は弁護人が作成提出する上告趣意書に関していえば、同規則六一条の特則にあたる場合を除き、同規則六〇条が年月日の記載のほか作成名義人の署名押印をすべきものとしていることも、上告趣意書自体に作成名義人を明らかにして、作成の真正を担保し、ひいては右書面による訴訟行為、手続の確実性を図ろうとする趣旨に解することができよう。そして、上告趣意書を提出することができるのは、被告人、弁護人等一定の者に限られており、その上告趣意書が右権限のある者の作成にかかるものであることがその書面自体に明らかにされていることが必要であり、書面に作成名義人の署名押印を求めるということは、作成者に慎重さを要求することにもなる。右の見地に立つてみるとき、刑訴規則六〇条の作成名義人の署名押印を要求する規定は単なる訓示規定と解すべきものではないと考える。

しかるところ、本件上告趣意書は、法廷意見に判示されているとおりのコピーであつて、原本ではなく、被告人の氏名及び印影も複写されてはいるが、これをもつて作成名義人の署名押印があるものということはできない。一般に、電子複写機等によるコピーは、原本を科学的機械的正確性をもつて転写し再現したものとして広く利用されているが、必ずしも原本と同様のものとして利用されているわけではなく、原本の存在及びその内容の証明手段として利用されているのであり、原本作成者以外の者も自由に作成することができる上、その作成過程で工作を加えるなどして作為的に再現内容を改ざんすることも極めて容易であつて、その信用力には一定の限界があり、取引社会において原本とは社会的機能と信用性の点で大きな違いがあることは、先に最高裁昭和五七年(あ)第四五九号同五八年二月二五日第三小法廷決定・刑集三七巻一号一頁における私の意見中において考察を加えたとおりであり、右の点は刑事訴訟の場面においても基本的には変るところがなく、特に本件のごとき上告趣意書等の意思表示的文書についてはコピーの取扱いには慎重でなければならないと思われる。書面としてはコピーを利用する必要がある場合は少なくないとしても、刑訴規則六一条の特則にあたるような場合は別として、右コピーに作成名義人が署名押印することができず、これをもコピーによる必要がある場合などは通常考え難いのであつて、コピーを利用するのは差し支えないとしても、これを有効な書面とするには、前記のような要請に応え慎重さを求めるために、特別の事情のない限り、必ず作成名義人の署名押印(当審の判例によれば署名又は押印ということになろう。最高裁昭和三一年(す)第三二六三四〇号同年九月一一日第三小法廷決定・裁判集刑事一一四号六二九頁、同五〇年(し)第八〇号同年一一月一八日第三小法廷決定・刑集二九巻一〇号九二一頁参照)を必要とすることとしても、決して難きを強いることにはならないと思われる(コピーを利用したものなど署名押印を欠く書面については、当該書面の提出期間内にか、場合によつては一定の期間を定めて署名押印を補正させた上で、適法有効なものとして取り扱うのが相当な場合もあると思われる。)。

しかしながら、本件上告趣意書に関しては、法廷意見に摘示されているような情況、資料があり(本件上告申立書等の被告人の署名と本件上告趣意書に複写されている被告人の氏名の字体は同一人のものと認めうる。)、このように記録と対照するなどして、容易に当該書面が作成名義人により真正に作成され提出されたものと認められるときに限つて、これを有効なものとして取り扱つても、このような取扱いは、必ずしも手続確実性の要請に反し法的安定性を害することになるものではなく、訴訟手続や法律知識に疎い者などの権利保護の観点からみて具体的妥当性を図ることになるものと考えられる。

叙上のとおり、本件のようなコピーによる上告趣意書が有効とされるのは右のような特別の事情が認められる場合に限られるべきであり、法廷意見も、もとより書面の性質、使途等を問わず、一般的に、署名押印も複写されているにしてもコピーにすぎない書面の提出を有効とする趣旨を含むものではないことに留意すべきである。

(安岡滿彦 横井大三 伊藤正己 木戸口久治)

(被告人の上告趣意省略)

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例